メロンクリームソーダ

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主人公は死なない

きっかけ

サラサラとタイムラインに目を通していたら、#死なない杯 という面白いタグ(企画)を見つけた。死に瀕した人たちがギリギリでこの世と自分を繋ぎ止めている方法などで溢れているんだろうと思っていた(重い)が、実際に読んでみると料理の作り方や町の歩き方など、実に生活感のある、それでいてどこか洒落た記事が並んでいた。これのどこが"死なない"に通じるんだ?と思いつつもいくつかの記事を読んでいくと、そうなんだ!という驚きだったり、これは試してみたい!だったり、"これから先への前向きな思考"が発生する。"死"にエンターキーを押す日が遠ざかる気がした。

 

死なないためにしたこと

3ヶ月前に鬱で仕事を辞めた。辞めるまでの月日は本当に地獄のようで、退勤して自宅に帰る道さえ常に心臓を掴まれていて、いつ握りつぶされるかわからないような気持ちだった。

そんな中で私が自己救済のためにやっていたことは"音楽の中の主人公になる"ことだった。

 

主人公になる方法(超簡単)

1.大好きな音楽を集めた相棒を用意する

私は昔からウォークマンユーザーだが、iPhoneでもなんでもいい。とにかく好きな音楽を集めた耳の相棒を用意する。イヤホンもある程度こだわると自己満足度が高まる。私はここ3年半くらいずっとオーディオテクニカのちょっと良いやつ。

 

2.ちょうどいいボリュームで聴く

これは当たり前のようで結構重要。小さすぎることはまずないと思うが、爆音すぎるとリアリティが失われる。あくまでちょうどいい感じ。そもそも爆音で聴くと危ない。

 

3.自分のルックスを脳内で書き換える

自分で自分の顔が見えないことの利点をここで存分に使おう。ほ〜〜らあなたは小松菜奈〜〜!!

 

4.さぁ世界はミュージックビデオ!!

さぁ機は熟した!!思い思いのストーリーを脳内に描いて歩く。映画の最後、街を歩く主人公を映しながら流れる主題歌。私はそんなイメージで見慣れた景色の中を歩く。 繰り返すうちに世界の見え方が変わってくる。ひとつひとつに何かを見出そうとするようになっている。嘘じゃない。

 

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行って仕舞えばこんな行動ただの現実逃避だ。自分の不遇を美化して誤魔化そうとしているだけ。それでも私にはそうしないと歩を進めることもままならなかった。そしてこれを繰り返しているうちにいろんな美しさに気付けるようになった。なんでもない日常の映像にいい感じの音楽つけるとその"日常"が超尊く見えてくるあの感じだ。

 

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満員電車で必死にiPhoneでAKB総選挙見てるサラリーマンも、金網越しに電車を見る親子も、夕日の中を走る中央線も、コンクリートの隙間に咲いた花も、点滅し続ける蛍光灯も、全てが美しい。

今目の前にある美しさは、突如そこに現れたものではなくて、自分が今まで日々を積み重ねてきたのと同じように、それぞれが見えないところで積み重ねてきたものがあって、やっと今ここに成り立っている。

 誰ひとり、何ひとつ同じ日々などなくて、同じ大きさの苦しみも同じ大きさの喜びもなくて、全てがオリジナルの今を生きている。それが作り出す美しさ。それを感じられるようになったら少しだけ世界がマシに見えたし、まぁ死ぬよりは生きてたほうがいいんじゃないかね、くらいには思えるようになった。

 

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どんな物語も主人公は死なない。私の視界に広がる世界の主人公はいつだって私だ。好きな音楽を連れて街を歩こう。苦しかった一歩がほんの少しだけ軽くなる。 

 

 

 

社会復帰

を、する。

明日(というかもう今日)から。

 

仕事を辞めてからの3ヶ月は早かったと言っても遅かったと言っても頷ける。ただ目の前に時間だけがあった。自由の喜びなんて一瞬だった。早く働かなきゃ、という焦り。もちろん働きたいなんて思っていない。ずっとダラダラしてたいし毎朝ゆっくりしたい。でも親にお金を振り込んでもらうのは心苦しかったし、友達が泊まりにきて外食に出る時も罪悪感があった。親と言えども他人のお金で生活することはやはり窮屈だ。だから働かなければならない。

丸一日かけて面接対策したって落ちるものは落ちるし、まぁいいかって感じで受けても進むものは進む。そんなもんだ。ある意味いろいろと貴重な経験をすることができた。そもそも無職というものを経験しない人だって少なくない。わたしは良い経験をしたのだ。今はそう思う。

 

眠くて何を書いているかいまいち自分でも怪しいけれど、節目だから書いておきたかった。

 

無職最後の日に豪快に遊んでしまったけれど気持ちよく寝付けそうだ。

 

おやすみ

 

 

ゴールネットが揺れる瞬間

 

年単位で久しぶりにサッカーを見に行った。

横浜F・マリノス×ベガルタ仙台 @日産スタジアム

 

私は実はベガルタサポーターである。父親ベガルタの前身のブランメル仙台からのファンだった。よって私も野球かサッカーか(この質問ってめっちゃ野暮)といえば完全にサッカー畑で育ってきた。野球に関してはポジションがいつまでたっても覚えられなくて、何回聞いてもショートがどこか忘れてしまう。WBCだけ観る。

 

幼い頃からスタジアムに連れていかれていたけれど私は見向きもせずいつもリカちゃんで遊んでいた(気がする)。

中3の頃、サッカー部の女の子と仲良くなり、ベガルタの司令塔・梁勇基 のプレーに惚れ、ユアスタに通い始める。父親ベガルタを通じて出会った人たちの中に混ぜてもらい、毎回客席の1番元気なあの辺で見ていた。

大学2年、私はライブハウスに飲み込まれ、サッカーから徐々に離れて行った。ごくたまに見に行ったり、試合結果はちょくちょく確認していたが、以前ほどの熱は失ってしまった。好きだった選手がどんどん移籍してしまったり、世代交代にうまくついていけなかったのもあるのかもしれないが(ダメなファン)。

 

そして先日、久しぶりにひっぱり出した背番号10をまとって、日産スタジアムに踏み込んだ。アウェー戦を観るのは初めてだった。サッカー専用スタジアムのユアスタに慣れていたので、トラックがあってピッチが遠い環境に私はいつまでも順応できなかったが、試合はお構いなしに進んで行った。

久しぶりに見た梁さんは相変わらず少し猫背で見つけやすくて笑、スッと的確な動きで全体のバランスを整えていく。派手なプレーはしないが職人である。背番号10を追いかけて、あの頃の熱が蘇ってくる。

チームが攻め立てていれば無意識に胸の前で手を組み祈り、シュートが決まらなければ仰け反って頭を抱える。感情に実に素直でいられるのでたのしい。

前半終了間際にマリノスの先制弾を喰らい、苦い気持ちのまま迎えた後半、ベガルタのゴールネットが揺れる。その瞬間、客席はちぎれんばかりの勢いで両腕を突き上げ飛び跳ねる。前後左右、知らない人とガッツポーズをしたりハイタッチをしたり、あの瞬間だけ全サポーターの社交性がぶち上がる。この瞬間のために生きていた〜〜!!!系のテンションになる。これがやみつきなのである。私自身バリバリの運動部出身なので、久しぶりのドキドキに これこれ…! となってしまい、現在うっかりJリーグに再燃しかけている。

結果としては1-1の引き分けだったけれど、パスはよく回っていたし、よく攻めていて見ていて楽しい試合だった。大学の先輩が2名ほどいるのだが、その背番号ユニフォームを着ているサポーターも数年前より格段に増えていて嬉しかった。

 

ライブハウスに通った経験を踏まえた今の私が感じたのは、スポーツ観戦と音楽ライブには共通点があるということ。全員が1つの物事に期待やドキドキを向けていて、全員の高揚度がブチ上がった瞬間、誰彼構わず笑い合ったり手を合わせたりする。思い思いの気持ちを服装や持ち物にも表す。

お互いの名前も年齢も、何の情報もない人たちの集まりだが、「このチームが好き」「このバンドが好き」というひとつの共通意識があることだけはわかっている。だから、その共通意識下に起きた出来事ならきっと同じ思いを抱き、分かり合えると思っている。だから初対面の人と喜び合える。(もちろん1人でゆったり観るのが好きな人もいる)

 

今でこそ周囲の友人から顔が広い、友達が多いなどと言ってもらえることが増えたけれど、私は元来人見知りで引っ込み思案であった。引っ込み思案は今も治らないけれど、人見知りはサッカーやライブハウスに行くようになってから改善されたし、結構社交的になれた。

ゴールネットが揺れるあの瞬間のような高まりを、ひとつでも多く味わいたいと思う。そしてまだあの瞬間の気持ちを知らない人にはどんどん知ってほしいと思う。

 

私の周りにはいわゆる無趣味、な人が結構多い。何かに傾倒して惜しみなく時間もお金も費やす、という行動自体できる人できない人がいると思うし、無趣味であることを否定するつもりもないけれど、個人的はもったいないなぁと思う。何かしらの場で "あの瞬間" を味わって、その味を占めたなら、日常は今より少し(あるいはもっと)明るくなるし、日々を力強く重ねることができるのではないかと思う。

 

ちなみにベガルタのチャント(応援歌や掛け声)には氣志團THE BACK HORNの曲が使われています。サポーターは温かいし、マスコットのベガっ太さんは最高にクレイジーで可愛いです。Jリーグマスコット総選挙で唯一2度優勝している猛者です。是非一度スタジアムへ。(抜かりない勧誘)

 

 

川崎戦、FC東京戦も行く気満々。

 

 

 

 

ダイヤモンドリング(2017.05.14)

 

"ダイヤモンドリングが聴きたい"

 

これが2年半ほど前からBIGMAMAのライブに行くたびの私の口癖だった。

事の始まりは確か2014年夏のUKFC仙台。今日は何をやるのかな、あれが聴きたいこれが聴きたい…なんて話をしながら開場を待つのは定番のこと。ライブハウスに行くようになって出来た友達との繋がりも深まって、いつものように昼からみんなで集まっていた。誰かが「ダイヤモンドリング良いな〜!」と言ったのがきっかけで「聴きたいな〜〜!!!」と大いに盛り上がった。結局その日のセットリストには入っていなかったが、まるでその日にダイヤモンドリングを聴いたと錯覚するくらいにダイヤモンドリングの話で盛り上がった。

それ以降もワンマン、対バン、いろんな形でBIGMAMAのライブに足を運んだけれど、ダイヤモンドリングには出会えなかった。タイムラインに流れてくる行けなかった公演のセットリストを見て悔しくなることがしばしば。

月2.3本はライブに行っていた私だが、1年前に上京してからはいろんな事情でライブに行くこともままならなかった。そんな中でHYとのツーマンツアー(Zepp DiverCity)には足を運んでいたがそこでもダイヤモンドリングには会えず。

 

そんなこんなで2017年母の日が迫る。2月に仕事を辞め、まだ就職先が決まっていなかった私は親の仕送りで生活していた。そのため親からもらったお金でライブに行くのは気が引けてこの日のライブは諦めていた(2日前まで)。が、私にBIGMAMAを勧め、大好きにさせてくれた相棒がこの日のライブのために泊まりに来ることになっていた。さすがに自宅から彼女1人を見送るのは辛くてしょうがなかった私は心の中で「ゴメンナサイゴメンナサイ仕事絶対決めるから今回だけ許してゴメンナサイ」という気持ちでチケットを取ってしまった。

当日は絶妙に天気が悪かったが、朝から郊外の狭い1Kはわくわくで満ちていた。母の日。メールすら照れ臭くて素直な言葉では打てなかったけれど、母親にメッセージを書き、"母に贈る歌"のURLを添付して送信した。

整理番号は離れていたけれど、ラッキーなことに2人隣合ってライブを見ることが出来た。久しぶりに前の方でもみくちゃになっていろんなところが痛かったけれど(笑)、ここのところ閉塞感溢れる生活をしていたのでそれすら清々しかった。大好きなPaper Craftのイントロが流れたとき、それを知ってて「良かったね〜〜!!」と隣で笑ってくれる人がいるってすごい奇跡的なことだなぁと思い、気付いたら向かい合って恋人つなぎをするなどしていた。(謎すぎ)(私は喜びが爆発すると手を掴む癖があるらしい)。

 

久しぶりの感覚に夢中になっていたらあっという間に本編は終わってアンコール待ち。私はいつものごとく"ダイヤモンドリング待ちだからさ〜!"と話していた。もちろんめちゃめちゃ聴きたかったけれど、半ば恒例行事的にというか、本当に聴けるとは正直思っていなかった。

アンコールのMCでBIGMAMA側に届いたメールの話が上がる。"このライブが終わったらプロポーズをします" という方がいらっしゃるそうな。な、なんて男前かつイケてる方法なんだ…。私と結婚してくれ…。

BIGMAMAからはこの曲を送ります」

その瞬間、"まさか!"と"いや違うか…"が同時に脳内を渦巻いた。

 

気付いたら全力でハグしてた。

 

なんかもう手を掴むとか通り越してハグしてた。謎すぎ。なんかもう私たちが結婚するみたいになってたと思う。豪快にいきすぎて後ろの人とかドン引きだったと思う。(当事者は周りなど全く見えていなかった)(恋は盲目とはこのことか)

「今日来て良かったね!!!」

ほんとそれな〜〜〜!!東京来てくれてありがとうな〜〜!!!!!って感じだった。泊まりに来てくれてなかったら多分諦めてたよ。そしてあとからセットリスト拾って頭抱えてたよ。

仙台の街中で「ダイヤモンドリング良いな〜〜!!」って話してから2年半、2人一緒にダイヤモンドリングに会うことが出来た。初めて出会えたけれど、"また会えたね" そんな気持ちだった。

プロポーズした彼は今笑えているだろうか。いや、あんな素敵なライブ見せられたら間違いないだろうな。幸せであってくれ。

 

音楽の中には思い出を詰め込むことができる。それを聴くと思い出す瞬間がある。ライブで聴いて思い出になる曲もあれば、聴けなかったことで思い出になる曲もある。

"ライブで聴けなくて思い出になっていた"ダイヤモンドリングがこの日、"ライブで聴けて思い出になった"曲となった。

 

次にBIGMAMAのワンマンに行くのは日本武道館。仙台の仲間たちと一緒に見る予定だ。

"武道館でブラウス聴けたら最高だな〜!"

公演発表前からずっと話題にしていたことだ。

果たして当日この曲がどんな思い出になるのか。どんな夜が待っているのか。わくわくしています。

 

まずは充実の全国ツアーを祈って。

いってらっしゃいませ!!

 

(ちなみに母の日の翌日、就職先が決まった。)

 

 

みんなかっこいいからつらいんだ

東京に帰って来た。

 

千葉に一泊してから、移動日も含め5日間の仙台滞在。こんな長期で帰れることもしばらくないだろう。

収入もなくなって完全に親からもらったお金で生活しているいま、遊びに行きまくるのも気がひけるので、今回はずっと連絡をとってる友達や会えてなかった友達だけ約束をして、あとは帰ることも周りにあまり話さずしれっと帰省した。

 

帰省した日の夜に会った大学の親友たちは仕事終わりに駆けつけてくれて、次の日も早朝から出勤なのに夜中まで車を走らせてくれた。高校時代の部活仲間も早朝から迎えに来てくれて、いつも変わらないテンションで迎えてくれた。みんなみんなそう。とにかくありがたくて嬉しくてどうしようもなかった。

人間関係がどちらかというと得意ではなくて昔は結構苦労した。理不尽にキレられてハブられたりしても、波風立てるのが面倒くさいから自分が悪いことにしてテキトーに謝って修復していた頃もあった。でもそんなことしても何の意味もないってだんだん気づいてきて、いつからか自分を嫌う人はそれはそれでどうでもよくなってきたし、合わない人といるくらいなら1人でいいやの精神になった。そうしたら、それからの方が良い人間関係を築けた。(それでも人に嫌われることは今もすごく怖いのだけど)(怖い≒面倒くさい)

そんな感じだからある意味人間関係は歳とともに結構ドライになった。自分から遊びに誘うこともほとんどないし、ラインも既読スルー返信遅延常習犯。それでも帰るといえば多少無理してでも集まってくれる友達、何で帰ってきたの教えてくれないんですか!って言ってご飯に誘ってくれる後輩、本当にありがたい。当たり前に集まって当たり前に笑っている時間も、冗談抜きでいつもありがとうって思っているし、当たり前だけど当たり前だと思ってないし、こんな奴を慕ってくれてありがとうって思う。自分の発言とかを結構客観視してしまうから、性格悪いよなぁとか気遣いできてないなぁとか今のは面白くないなぁとか常に色々思っている。考えすぎなのかもしれない。それでも、いつだってありがとうと思っている。本当は全然ドライじゃないのかもしれない。

もうひとつ帰るたび強く感じるのは、みんな確実に強くなっていること。愚痴を零せばきりがないし、不満も沢山抱えているけれど、みんなそれを笑いに変えて吹き飛ばしているし、ちゃんといろんな折り合いをつけながら楽しくやっていること。かっこいいなぁと思う。車の運転もすっかり慣れていろんなところに連れて行ってくれる友達。携帯ショップ店員をしている友達のところに顔を出したらWi-Fiのこととか契約内容の話とか、詳しく説明してくれた。ペーパードライバーな私、さして何の知識も増えていない私。私だけ全く成長していないんじゃないか。1年経って何も身につけず仕事だけ辞めたダメな人間なのではないか。そんな気持ちにもひたひたになってしまった。

バタバタと帰って来たけれど、明日の朝からまた選考が始まる。私もいい加減ちゃんとしなきゃダメなのだ。強くならなきゃダメなのだ。ちゃんとしないとこの世界は存在意義をみとめてくれない。

 

怖がるなわたし。

叩かれてなんぼ、言われるうちが華。

 

そんな強いメンタルは永遠に得られそうにないけれど。凡才のブスなんだからせめて全力くらい尽くせクソアマ!!!!

 

 

 

何もない時間

お父さんと仙台に帰って来た。

 

朝7時半に出発したものの北関東は大渋滞で、自宅に到着するまで7時間半かかった。夜中に走らせて渋滞を回避しようかなんて話もしていたけれど、同じことを考えている人は多かったようで、どうやら夜中から渋滞は始まっていたらしい。結果オーライである。

 

お父さんは床屋に行き、パート帰りのお母さんと夕飯の買い出しをして帰る。なんとなく床にゴロゴロしたり、ガタがきた座椅子に座ってOH!バンデスを見たり、同じ空間にいながら会話も交わさず時間は流れる。この"何もない時間"が、あの頃は退屈で仕方なかった。同じ空間にいたって、会話を交わさないのなら1人でも同じだ。早くこの退屈な場所から抜け出したい。そう思っていた。

それは全くの間違いだった。会話がなくともそこに"いる"ことがどれだけの意味を持っているか。今はこの"何もない時間"がとても大切に思える。そこに"いる"ことは当たり前のことではないし、永遠に続くものではない。そんなこととっくの昔に理解していたつもりだった。

常に死を意識して生活するだなんてストレスしか溜まらないし、野暮なことだと思うけれど、永遠に続く時間ではないのだということはしっかり心に留めておかなきゃならない。お母さんに毎朝髪を結ってもらっていた日々がもう戻らないように、あの甘い卵焼きの味も、こまめに書き換えられるホワイトボードも、韓国ドラマが撮りためられた録画リストも、お父さんが運転する車に乗ることも、日曜大工してもらうことも、全てはいつか終わるのだ。私だっていつか終わるのだ。

そんな当たり前のことを、最近よく考える。そうしたら、つまんないことでイライラしなくなってきたし、幸せを感じる時間が増えた気がする。黙って一緒にずんだ餅をつついている時間すらとても幸せだった。

大事にしなきゃいけないものは身近に溢れてるなんてよく聞く言葉だけれど、それをしっかり自覚するのは難しい。

 

いつも守ってくれる人たちくらいもっと大切にしなきゃダメだな。

 

そんなこんなで、これから大学の親友たちに会いに行く。長期で帰ってこれるのもこの後しばらくないだろうし、しっかり噛み締めたい。

 

 

 

 

 

帝一の國から学ぶ。

…っていうタイトルで前回書いていて、書き終わる直前でうたた寝したら削除キー親指で押さえつけてたんだよね。起きたら白紙になってたんだよね。泣き寝入りだよね。

 

たまたま公開日に予定が合って帝一の國を観に行った。まぁ正直菅田さん(と、地元の誇り千葉雄大永遠の高校生)がでてるから観たかっただけだった。

結論から言うとすごく面白かった。あと菅田も千葉も差し置いて竹内が大優勝した。あんな役ずるいぞ。観てた全員大鷹弾に持っていかれてたんじゃないか。私は完全に持っていかれたぞ。内容あんまり書かないようにしてるけど観たくない人はここでやめてください。

 

総理大臣になるために生徒会長になる。生徒会長になるために強い派閥に入る。強い派閥に入るために党首に擦り寄る。党首に擦り寄るために生徒会に入る。……

帝一の最終目的から遡るとザッとこんな流れになる。何を目指すにも同様の流れがあると思う。正規ルートをしっかり辿ればゴールはハッキリ見えるのだ。しかし、これを着実にこなして進んで行くことは実際とても難しい。正規ルートを進むためなら非正規ルートで騙し合い、裏切り合い、時に助け合い、時には何かを悟って目的を見失いかけたり、まさに人生の縮図。生徒会長争奪戦と言う名の人生の縮図。極限ラインの蹴落とし合い、でもひとりひとりにプライドがあって、悩みがあって、悔しさがあって、良心がある。そして内に秘めた溢れる野心があってメラメラしている。あんなメラメラした心、夢のために自分を削って削って、そこまでしてでも掴みとろうとする心、どこに忘れてきてしまったのだろう。笑えるシーン盛り沢山でコミカルな仕立てながらも、そんなことも考えさせてくれる映画だった。

きっと大衆の正義は弾なのかもしれない。というか多分そう。非の打ち所がない。だから私も完全に持っていかれた。ただ、現実的に考えたら(あの世界観を現実的に考える方が無茶かもしれないが)わたしは帝一みたいな奴が好きだ。彼は明らかに欠けているところがあるけれど、それを補えるだけの飛び抜けた魅力がある。「あいつこういうとこほんっとダメだけど、でもなんか良いよな」そんなタイプ。なんかついて行きたくなる存在。私自身がそんな存在になることに憧れているからかもしれないけどね。

 

とにかく帝一の國、面白かったです。志尊くんの存在でややホモホモしい感じも、そっちの気は全くないけれどなんか良かったです。あと永野芽郁ちゃんかわいい。すんげーかわいい。エンディングまで抜かりなく可愛い。

 

内容にあんまり触れないように、と思うとなかなか書けることもないな(笑)でもほんとオススメです。是非。

 

それでは千葉に行って参ります。

明日から5日間仙台。