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メロンクリームソーダ

Twitter @_imatter__

私と仙台

2日間仙台に帰っていました。

 

この世界に登場してから22年間過ごした街は、いつ帰ってきても私がすっぽりとおさまるための空気と場所を用意してくれている。帰ってきたなぁ、という気持ちすら正直あまりわかなくて、まるで今も毎日この道を通って帰っているかのような、それくらいのフィット感がある。

 

東京の私と仙台の私が半分ずついて、私が東京で働いている間にも仙台の私は生活していて、帰省した時私が完全体になっている、ような感覚。

 

刺さるような冷たい空気も、人のいない電車のホームも、都会暮らしに慣れて10分おきに来る電車すら少なく感じてしまうようになったことも、実家の凹みだらけの汚いドアも(昔怒られて締め出された時に私が暴行を加えた跡)、統一感もなければ可愛くもなくて、オシャレにインスタに載せられる写真なんか1枚も撮れなそうなカーペットもコタツもカーテンも、全部が大好きで落ち着く存在だった。

 

22時頃にもなると街は静かに暗くなる。正しい時間が流れている。この季節、最寄り駅からの帰り道はオリオン座がよく見えて、毎日毎日それを見て、少しずつ見える位置が変わってゆくことに月日を感じるのが好きだった、なぁ、と、帰る前駐車場から空を見て思った。

 

きっと私は1年前とてつもなく重たく難しい選択をしたのだと思う。この街にいれば私はきっとずっと静かに幸せに生きてゆけたのだとおもう。

 

鬱になったことは親には言わなかった。言えなかった。帰ってこいって言われるのも、精神病だってだけで普通の病気とは違う重荷を背負わせてしまうのも嫌だった。

 

言える時が来るとしたら、現状を脱して、ここまでボロボロになってもまだ捨てられないあれそれに挑戦してからだ。

 

 

私は私が思う以上に弱くて、ダメダメで、何も出来ない。東京にきて痛いほどわかった。自分の存在価値などあってないようなものだとおもった。それでも仙台に帰ると喜んでくれる人がいて、駆け寄ってきてくれる人がいて、心配してくれる人がいて、ちゃんと必要とされている世界があり、人がいるんだっておもえた。

 

きっとしあわせはすこしはなれたところからじゃないとみえないんだな。

 

誰かの自己犠牲を集めて綺麗に光る東京の夜景は今日もキラキラしている。

 

 

自分にとっての大切なものと大切な人と大切な場所を、いかに大切な気持ちを切り捨てずに守っていけるか。守っていける人になりたい。

 

 

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Yellow / Coldplay