メロンクリームソーダ

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ミックスナッツとキティちゃん

"こんな小皿のナッツなんて村上春樹の小説にしか出て来ないと思ってたよ"

 

"バーボンとかね"

 

"そうそう、丸テーブルの立ち飲みバーみたいなところで(笑)"

 

 

これが座って最初の話題だった。

 

この会話が成り立つなんて奇跡だ、と思った。そもそも私の周りに読書をする人が少ないし、いてもだいたい伊坂幸太郎とか東野圭吾とかあのへん。もちろん素晴らしい作家さんだし私も読むけど。なかなか村上春樹が好きな人には出会えない。(新作早く読みたい気持ちと文庫本待ちで葛藤中)

 

私はハルキストと名乗れるほどではないけれど、中学の時に 海辺のカフカ を読んでからずっと村上春樹作品が好きで。(スプートニクの恋人 がとても面白かったのでおすすめです)

 

何かしら読んだことある人はわかると思うんだけど、まず彼の作品に出て来る人物はみんな思考会話行動が現実離れしていて。

  

大学生が とりあえず、で丸テーブルのオシャレな立ち飲みバーでミックスナッツつまみながら強めのお酒を飲むみたいな描写がよくあって。会話も比喩と抽象に溢れていて哲学的。一般的な大学生こんな話しないぞ。だいたい誰かの彼氏の話とか、内容も覚えてないようなクソみたいな、ていうかクソな話しかしないぞ。

 

 

それはさておき、そんな村上春樹作品に出て来そうな雰囲気のオシャレな喫茶店でサッと差し出されたナッツを見て私がそう言ったこと、この人には伝わるな、と思って言えたこと、噛み合ったこと、嬉しかった。それだけ。オチはない。

 

 

人生はご当地キティちゃん集め

中盤で飛び出した話題。さすがに一聴では意味不明かと思いますが簡単です。

 

要は

 

好きなことは積極的に好きだと言った方が関わりをどんどん引き寄せられる

 

っていうこと。

 

ご当地キティちゃん集めてるんだよね、っていろんな人に言ったら、頼んでなくてもその人がどこか遠出した時に、あ、そういえばあの人キティちゃん集めてたな、と思って買ってきてくれるかもしれない。あそこであんなレアなキティちゃんがあったよ!って教えてくれるかもしれない。(自分で出会い買うことに意味があるんだよ!っていう意見もあると思うがとりあえず置いておいてほしい)

 

キティちゃんを集めていることを、人に言うか言わないかで、最終的に出来上がるコレクションは全然違うと思うんだよ。

 

仮に完全に1人でコンプリートしたコレクションと、いろんな人に教えてもらったり、買ってきてもらったりして作り上げたコレクションがあったとする。

 

前者は確かに圧倒的な達成感という価値があると思う。勿論こちらの快感がお好きな方もいると思う。

 

ただ、私個人としては後者のコレクションの方がより価値を見出せる、と思っている。これを買ってきてくれたのはあの人だ、最近会ってないけど元気かなぁ… とか これはあの人が教えてくれなかったら売ってたの知らなかったかもなぁ〜! とか、見てるだけでいろんな思い出だったり人との繋がりが見えてきたりする。

 

そして集めている最中、その中に、私もご当地キティちゃん集めてるんだ! なんて子がいるかもしれない。そしたらその子が、私の友達にも集めてる奴がいてさ、そいつすごいフットワーク軽いし情報通なんだよ!良かったら紹介するよ! とか言ってくるかもしれない。

 

そうやって繋がりが生まれていく。好きなものを好きだと公にすることで、大切な繋がり、思いがけない出来事が起きたりするかもしれない。

 

そう考えるだけでなんだかワクワクしてくる。

 

 

夢を叶えるために東京に出てきたのに、この1年何もできなかった。何も始められなかった。そう思っていた。

 

 

" もう始まってるんだよ "

 

 

この話をしていて、そして人から言われて、やっと気付けた。ありがとう。

 

 

(私にとっての「ご当地キティちゃん」の話はまた今度。)

 

 

この話に出て来た話し相手が、杉野です。

 

小説の書き出しどころか全部書いちまったよ。特別編だよ。書き出しはこの記事の先頭そのままでいいと思ってるよ。バーボン。🥃

 

 

「恋は窓」の話もあるんだけど、それはきっと杉野がうまいこと話してくれるんじゃないかなぁ〜〜(丸投げ)

 

 

それではまた。