メロンクリームソーダ

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"治す"んじゃなくて"遠ざける"

書き出したら2日跨いでしまったわけだけど。

 

前にも書いたように私は過去に鬱をやってしまっている。ただ、それは鬱を患っている人全体で見たら軽いうちに手を打てた方だった。毎朝ホームに入ってくる電車を目で追って、行くならタイミングはこの辺かなみたいなことは考えていたけれど、自制心は保てていたし、薬を大量摂取することも、刃物を握ったこともない。

仕事を辞めて2ヶ月が経つ。夜中にも立ち向かえるようになったし、低気圧の不安に押しつぶされることも減ってきて、大丈夫だと思っていた。通院も終わったし、薬も一応貰っておいたけど飲んでいない。大丈夫だ、と思い込ませることで良くしていくしかないから、始めは意識的に自分に言い聞かせるようにしていたけれど、最近は本当に調子が良かった。

 

でも昨日、ちょっとしたきっかけで一気に当時のことを思い出して泣いてしまった。全然大丈夫ではなかった。

 

ただ感覚としては、当時の辛い記憶を思い出して涙が出た、というのとも少し違っている。思い出す前にもうスイッチが入ってしまうのである。例えば「何か嫌な思いした?」その一言だけで、何があったか想起する前に反射的に心臓がギュッとなって勝手に声が震えて涙が出てくる。トラウマ。思い出したくないのだ。

情緒不安定、と言われてしまえば何も言い返せない。でも、「まずは治してから‥」というのは結局お門違いな話なのだな、とようやく気付いた。いくら療養したところで"完治"はしないのだ。擦り傷や骨折とはわけが違う。とにかく"遠ざける"しかないのである。時が経っても、そのことを思い出すきっかけがあれば負のスイッチはいとも簡単に押されてしまう。だからもう新しい生活と刺激をどんどん重ねて、負のスイッチを遠ざけていくしか方法はないのだ。

良くなった、と言っても離職している間は社会との関わりが必然的に減る。もちろん精神を落ち着かせるために休むのだから周りに敵のいない環境で過ごす。ある程度まで良くなるのは当たり前のことだ。ただ、社会に復帰しなければ、社会人として人と関わる環境に戻らなければ、ずっと元の生活には戻れないのだ。

今は働いている時期の最新の記憶がいちばん辛かったときだから、思い出すスイッチが手の届くところにある。新しい場所で、働くことに恐怖を覚えなくていいんだよ、という意識を刷り込んで、このスイッチを遠く遠くにしていかなければならないのだ。

 

鬱は自分の責任じゃないし、罹患者も増えている。それなのに、世間の風当たりはまだまだ強いし、社会復帰したくても、それを面接などで口に出してしまうと一気に難しくなる。でも私もそうだったけど、いくら知識を得たって実際ならないと理解できない感覚がほとんどで。難しいなぁ。

 

みんないろんな事情を抱えて生きている。そういうのをひとつひとつちゃんと理解したいと思うし、自分のことももっと理解してあげたい。私はどこまで大丈夫なんだい。どこからがダメなんだい。

そんなこんなで4月も終わろうとしている。5月のうちに復帰できたらいい。いろいろと3ヶ月がメドだ。

 

さっき飲んだカプセルが胃に落ちる前にひっかかってしまっていたのか今突然口の中にすんごいマズいものと刺激がパーン!と上がってきた。薄まったカフェラテをがぶ飲み。